ホ・オポノポノと坐禅|ハワイ|TH Associates
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    ホ・オポノポノと坐禅

坐禅は、「心のゴミ捨て場」と言われる。何かを求めて行うものではなく、坐禅をいくら組んでも、何も得るものはないと言われる。それでは、なぜ坐禅をするのか。それは、「捨てる」ために他ならないという。心の中にある色々なものを捨てた先に、私たちが生まれながらに持っている「幸せな心」があると言う。(衆生本来仏なり)

 

ハワイに伝わるホ・オポノポノも考えが大変似ている。ホ・オポノポノでは「ありがとう、ごめんなさい、許してください、愛しています」と自分自身(より正確には、自分の中の潜在意識)に伝え、潜在意識にあるさまざまな情報、知識、知恵の内、現在の問題の原因になっているものをクリーニングする、つまりゼロ(=空)になることを目指すというものだ。それによって、現在の問題の原因をなくし、解決に導くというものだ。

 

捨てる、クリーニングすると表現は違っても、同じことをしているように思う。ホ・オポノポノでは、 顕在意識(通常の自覚できる意識)の処理能力を1とすると、潜在意識は(100ではなく)100万に相当 すると説明している。潜在意識は、現在の自分の状況に多大な影響を与えているにも関わらず、意識することはない(できない)。

 

ホ・オポノポノでは、何かを良くしようと思えば、潜在意識に訴える必要があるが、人が直接訴えることはできないため、原因となっている潜在意識の部分をクリーニングするように潜在意識に伝え、潜在意識が超意識を経由して神聖なる知性に要請して、潜在意識をクリーニングしてもらうというプロセスが必要ということになっている。クリーニングを伝える手段が「ありがとう、ごめんなさい、許してください、愛しています」というメッセージという訳だ。クリーニングができれば、神聖なる知性がインスピレーションを与えてくれるので、それに従って行動すればよいということだ。人がするのは、「ありがとう、ごめんなさい、許してください、愛しています」を繰り返すだけ、坐禅ではただじっと座っているだけである。但し、ホ・オポノポノは、現在の問題を解決するという積極的な効果を期待しているのに対し、坐禅は、只ひたすら本来の自分に近づき、耳を傾けることが大事だということで、現世的な具体的な効果を 期待してはいない。

 

これからの時代、過去の知識に基づくこと、論理的に考えられることは、AIの発達によりますます代替され、スマホでもAIサービスを受けられるようになっている。そうした時代、AIで代替できない感性は、ますます重要になるのではないかと思う。坐禅やホ・オポノポノは、一つの解を与ええてくれそうな気がする。